大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所高田支部 昭和41年(わ)84号 判決 1967年9月26日

被告人 寺嵜直嘉

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、昭和四一年一〇月一九日午前四時三〇分過頃直江津市大字直江津浜町地内の路上において、折から挙動不審者に対する職務質問を行うため、警邏中であつた直江津警察署勤務外勤係巡査柳文雄が、被告人を挙動不審者として職務質問をしようとしたのに対し、同巡査の同下肢を数回足蹴りする等の暴行を加え、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである

というのである。

これに対し、被告人は、巡査に対して抵抗したことは間違いないが、別に悪いことをしていないのに無理に引張つて行かれたので、明日勤めなければいけないのだから帰してくれといつてしやがんだところ、巡査が私を起そうとしたので足をばたつかせたら当つたもので意識的に蹴つたものではない、と述べ、弁護人は、被告人の右弁解を前提として、被告人は刑事訴訟手続によつて逮捕されたのではなく、警察官職務執行法にもとずく職務質問を受けたにすぎないものであるところ、本件現場付近は、その場で質問をしても被告人にとつて不利な状況はなく、また、交通の妨害となるような場合ではなかつたのであるから、柳巡査には質問権はあつたが同行権はなく、仮りに同行権があつたとしても、警察官職務執行法第二条第三項により、被告人の意に反し、その身体に強制力を加えて連行することは許されないものであるから、柳巡査のその場で質問をせずに、強制力を用いて被告人を同行しようとした行為は違法、無効な職務執行であり、これに対し被告人に抵抗のため暴行とみられる行為があつたとしても公務執行妨害罪は成立しない旨主張している。

そこで、証拠を綜合検討すると、本件公訴事実に関連して以下のような事実が認められる。すなわち、被告人は直江津郵便局に外勤係として勤務していたものであるが、昭和四一年一〇月一九日午前四時三〇分頃、その前夜からともに飲食店を飲み歩いていた友人と別れ、自宅に向つて直江津市福永町の道路を単身歩行中、折から管内で多発していた窃盗の捜査、予防を兼ねて警邏中の直江津警察署警察官柳文雄から挙動不審者として職務質問のため呼び止められたが、その呼びかけに従わず、逃げ出し約二、三百米走つたところ「止まらんと撃つぞ」と後方から威嚇され、浦沢武男方前付近道路上で停止した。すると、馳けつけた柳文雄巡査から「何故逃げるのか」と聞かれ、さらに「本署まで来い」と同行を求められたので、被告人は一旦はやむなくこれに服して同巡査に片腕をとられたまま歩き出したが、間もなく被告人はどうしても警察署に行くのがいやになり、前記場所から数百米はなれた同市西本町一丁目一四の五近くにある直江津電報電話局前付近道路上に寝転んでしまい、「明日勤めがあるのだから帰してくれ」といつて同行することを拒絶した。そして、同所において、酒気を帯びていた被告人が柳巡査に対し種々悪口雑言にまじえて抗議したのに対し、被告人に対する不審の念を拭いきれず、なんとかして本署に連行しようと考えた同巡査が被告人を引き起そうとして路上に横たわつている被告人の身体に両脚をまたぐようにして手で被告人の着衣を引張つたので、起されまいとした被告人は両脚をばたつかせて抵抗したところ、被告人の脚が柳巡査の脚部に数回当り、さらになおも同巡査が被告人を引き起そうとするのに応じて被告人も同巡査の肩の辺りを握んで立ち上つたところ、同巡査の制服の肩についていた警笛を鎖とともに引きちぎつてしまつた。柳巡査は「しようがない奴だ、お前のような奴は公務執行妨害の現行犯人として逮捕する」と告げ、通行人の連絡や馳けつけた警察官の応援を得て被告人を直江津警察署に連行した。

以上の事実に関し、柳巡査は証人として当公判廷において

被告人に浦沢武男方前付近で追いつき「何故逃げたのか」等と質問したが、被告人は暴言をはくだけで答えず、すぐにまた逃走したので、再びそのあとを追い、同市浜町一八一六番地山口三代次方前路上で追いついたところ、被告人は同所路上に寝てしまつたので、そこが道路上であり、かつ、夜間付近に人家もあるので、被告人の態度からその場で職務質問を行うことは近隣の迷惑となり、本人の不利益ともなると考え、被告人を本署まで同行するため立ち上るよう促し、引き起そうとしたところ、被告人から足蹴りの暴行を加えられたうえ、起き上つた被告人から更に肩につるしてあつた警笛をもぎ取る乱暴を加えられたので、同所で被告人に公務執行妨害の現行犯として逮捕する旨を告げて同人の腕をとり、直江津電報電話局付近路上まで来たとき被告人が再び路上に寝てしまい連行を拒むので、通行人に本署への連絡を頼む一方、やがて起き上つた被告人を連行したが、被告人を現行犯人として逮捕したのは同所ではなく、前記山口三代次方付近である、

と供述し、被告人の弁解と、経路、暴行態様、逮捕地点等の主要な点につき異なる証言をしているのであるが、同証人の供述は二回の証人尋問と検証現場における立会人としての指示を通じ主要な点(例えば、最初、被告人を発見した際の同人の行動、被告人に追いついてから被告人に何を尋ねたか、被告人から受けた暴行の態様等)について必ずしも一貫せず、また、被告人逮捕前後の経緯がその供述どおりであることを裏付けるに足る他の証拠もない。かえつて被告人の供述(捜査官に対する供述調書を含む)が一貫していること(逮捕当日作成された被告人の司法警察員に対する供述調書の記載によれば、当初から被告人は自己に不利益な暴行の事実を認める一方、ほぼ前記認定事実と同じ事実を供述していることが認められるが、現行犯人として逮捕された被告人がその逮捕直後その逮捕された場所につきことさら事実と異なる弁解をすべき事情は見当らない。)証人柳文雄の主張する被告人逮捕地点から直江津署への連行のため歩いたという経路はかなり遠廻りになつていて、特にそのような経路を通らねばならない合理的根拠に乏しいこと(むしろ、柳巡査はその付近を警邏地区として担当し地理に明るいだけでなく、被告人を至急本署に連行すべき立場にあつた筈である。)、また、被告人が柳巡査から「止まらんと撃つぞ」と威嚇されて停止し、停止を命じたのが制服の警察官であることを確認してから、あえて危険を犯して再び逃走する理由も十分でないこと、さらには、被告人の逮捕直後の供述が右のようであるのに逮捕者である柳巡査の主張する逮捕場所を証拠によつて確定しようとする捜査がなされたことをうかがうに足る資料がないこと等の諸点に徴し、柳文雄の証言中前記認定と異なる部分は措信し得ない。

そこで、被告人の前記行為が公務執行妨害罪を構成するかどうかを検討すると、本件では犯罪の成否はいつにかかつて柳巡査の被告人に対する追跡、連行、身体強制等の行為が警察官職務執行法に照し正当な職務行為と認められるかどうかにあるところ、当初被告人を挙動不審者と考えた柳巡査が被告人に声をかけて呼び止めた行為、およびこれに応ぜず逃走した被告人を職務質問を行うため追跡した行為が正当な職務行為に該ることは問題がないとしても、停止した被告人に本署に来るように告げて同人の腕をとり電報電話局付近まで連行した行為が適法かどうかは疑問である。何故ならば、右被告人が停止し、柳巡査が追い付いて向き合つた浦沢方前付近は住宅街の中の比較的狭い路地状の通路上であり、時間的にも車は勿論、人の往来も皆無に近いほどのところであつて、付近に住宅があるとはいえ、同所で被告人に職務質問を行うことは被告人にとつて何ら不利ではなく、交通の妨害にもならないことは明らかである。したがつてまつたく職務質問をせず「何故逃げたのか」「本署に来い」と命ずることは違法の嫌いがあるといわねばならない。しかし、それはそれとして、柳巡査に腕をとられて同行を促された被告人が事実上これに応じて歩行を始めたことを、いわゆる任意同行を承諾したものと解したとしても、被告人としてはその後いつでもその意を翻えして以後の同行を拒み得ることは論を待たないところであるから、本件において被告人が電報電話局前付近路上まで来て同所に横になつてしまい「明日勤めがあるから帰してくれ」と同行を拒絶し、かつ、同所が午前四時すぎで人車の往来もなく、付近が通常の人家よりも公共的建物の多い、その時刻としては人気も少い場所である以上、挙動不審者を取り扱う警察官に許される行為としては横になつた被告人に対しそのままの状態で職務質問を行うか、またはあくまでも言語による説得によつて納得させ本署、派出所等への同行を承諾させることに限られたのであつて、被告人の意に反しその身体、着衣に手をかけて引き起し、連行を継続しようとすることはもはや許されなかつたものと解さなければならない(検察官引用の判例は、逃走する挙動不審者に対する職務質問のため逃走を中止させる行為として許される限度を示したものであつて、すでに挙動不審者が職務質問を行うには何ら差し支えのない路上に横たわつてしまつている本件の場合には適切ではない。)。

右のとおり、柳巡査が被告人の身体に手をかけ、連行のため引き起そうとした行為は、警察官職務執行法第二条所定の適法要件を欠いた違法な職務執行であつたというほかないものである以上これに対して被告人がこれを排除するために相応の抵抗をすることを禁ずることは出来ない。本件において、被告人が柳巡査に抵抗して同巡査に加えた前記認定のような足蹴りないし警笛もぎとりの所為は同巡査の右違法な強制力(引き起しないし連行)に抗し、これを排除しようとしてなされたものと認められるから(被告人の所為は証拠上故意と認定することは出来ないが、仮りに興奮した被告人の故意にもとづく反撃であつたとしても)、この程度の所為は右許された抵抗の範囲内の行為と認むべきである(付言すると、暴行罪ないし器物毀棄罪の違法性も阻却されることになる。)。

(なお、仮りに本件の逮捕が証人柳文雄の供述のとおりの場所でなされたとしても、同人の証言にかかる山口三代次方前付近路上で追い付かれた被告人がその場に寝てしまつたというのであるから、同所が、職務質問を行つても被告人にとつて不利でなく、また交通の妨害にもならない場所である(このことは検証の結果十分認められる)以上、いわゆる不審尋問を行う警察官に許される職務執行の限度は右に検討、説明したところと同一に帰し、挙動不審者の身体に手をかけて引き起す等の強制力を加えて連行することは許されないから、これに対し、被告人が前記程度の抵抗をしたとしても、これが違法視されるいわれのないことは前同様であつて、本件の結論を左右することは出来ない)。

以上の次第で、被告人の所為は公務執行妨害罪を構成しないものであるから、刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をすべきものである。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野昭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例